津村記久子著『ポトスライムの舟』『十二月の窓辺』

2008年下半期の芥川賞受賞作です。処女作の『君は永遠にそいつらより若い』 に続いて読みました。

 

 

ポトスライムの舟 (講談社文庫)

ポトスライムの舟 (講談社文庫)

 

 

2008年下半期の芥川賞受賞

芥川賞の選評を紹介しているこちらのサイトを読みますと面白いですね。

津村記久子-芥川賞受賞作家|芥川賞のすべて・のようなもの

津村さんが『ポトスライムの舟』で芥川賞を受賞したのは第140回なんですが、候補としては第138回、第139回と連続してノミネートされており、その際の選評も掲載されています。

 

すべての選者がコメントしているわけではありませんが、受賞作は軒並み高評価なのに、落選している作品はボロクソとは言わないまでもそっけないですね。同じ作家が書いたものってそう変わるものでしょうか(笑)。

 

実際、この受賞作の『ポトスライムの舟』が他の作品に比べて特別優れているようには思えません。むしろ物語の面白さという点では、同時収録されている『十二月の窓辺』のほうが緊迫感もあり読ませます。

 

まあ、受賞となれば良いところを見つけようとし、落選となれば良くないところを言いたくなるということなんでしょう。

 

今のところ2冊3作を読んだだけですが、そのどれも津村さんの実体験に基づいているのではないかと思えるもので、余計なことですが、この先大丈夫かと思ってしまいます。

 

『君はそいつらより永遠に若い』は大学時代の話ですし、『十二月の窓辺』は、津村さんが公言している新卒で入社した会社でパワハラにあい10ヶ月で退社した経歴を思わせますし、『ポトスライムの舟』は、その後の一時期と結びついてしまいます。

 

いずれにしても、どの作品も就職氷河期に社会に出た年代、いわゆるロスジェネ世代の悲哀、いやいやむしろタフさでしょうが、登場人物皆、狭い生活空間から抜け出られなく、実際はもがいているんでしょうが、あきらめ達観しているような話です。

 

ポトスライムの舟

特に『ポトスライムの舟』の方は日々淡々と家と仕事場を往復して働く女性ナガセの物語です。

どの作品も登場人物がカタカタで表記されます。どういう意図なんでしょうね。一般的にカタカナで名前を書く場合はメモの走り書きとかかと思いますが、人の実在を軽視される時代性が反映されているのかもしれません。

 

29歳のナガセは化粧品会社の工場で働く契約社員、年収は163万円。ある日、休憩室で見た世界一周クルーズの料金が同じ163万円であることを知り、密かに参加することを目標に節約生活に入ります。

ナガセの仕事は工場だけではなく、工場が終わってから友人のヨシカのカフェを手伝い、家に戻ってからはデータ入力の内職をし、休日はパソコン教室のインストラクターもやっています。

これをみますと過重労働で悲惨な生活の話になりそうですが、全体のトーンも文体もそうしたところはなく、むしろ、感情が抑え込まれた普通さみたいなところがあり、時々何か起きそうで怖くなることがあります。

たとえばこういう表現があります。

それを紛らわすための最高の特効薬が『今がいちばんの働き盛り』という考えだった。三時の休憩の時に、トイレでその言葉を手帳に書くと、胃の中のむかつきがすっとひいていった。この劇薬のような言葉を、是非自分に刻み込みたいと思ったのだ。

刻み込むというのは腕に刺青を入れるということで、それが世界一周の前の目標だったということです。

 

この怖さは『君は永遠にそいつらより若い』でも感じましたし、『十二月の窓辺』でも感じます。

 

ただ、この『ポトスライムの舟』では何も起きません。友人のりつ子(カタカナじゃないね)が離婚のために子どもを連れて転がり込んできたり、本人が過労のためダウンするくらいです。

 

何か起こせばいいのにとは思いますが、それやったら芥川賞取れなかったとか(笑)。

 

世界一周の話は、お金もたまり、資料請求のはがきも持ち帰りますが、おそらく実現はせず、刺青と同じようなもので、また新たな目標(口実)を見つけ、もやもやとした不満を押さえ込みながら淡々と日常を生きていくのでしょう。

 

表題のポトスライムは水だけで育つタフな観葉植物で、そのものずばりナガセを象徴しているのでしょう。実際、ナガセは家だけではなく、職場の休憩室やヨシカのカフェにも持ち込んでいます。そういえば、りつ子の子どもと二人きりになった時に手持ち無沙汰になり、家中のコップに水を入れ、ひと葉ずつ挿して廊下にずらりと並べるといった描写もあります。

 

とにかく、この作家の何気ない日常はかえって怖いです。個人的意見ですが、ロスジェネ世代の怖さを感じます。

 

十二月の窓辺

『十二月の窓辺』の方は、職場でパワハラにあう、もっとリアリスティックな話です。

主人公は印刷会社の入社一年目(くらい?)のツガワ、やはりカタカタ表記です。ただ、上司や先輩は、V係長、P先輩、Q先輩とアルファベット表記になっています。著者の体験そのままではまずいのでちょっとひねって日本語的にはあまりないVやPやQを使ったんでしょうか。

 

で、ツガワがV係長、年齢の記載があったかどうか記憶はありませんが、40歳くらいの女性上司からパワハラにあいます。

 

この作家、ほとんど内的な心情を書くことをしませんので、ツガワの苦しさとかはあまり伝わってきませんが、逆にV係長がツガワを圧迫する描写は実際に経験したことだからなのか結構うまいです。ですので、同じようなことを経験したことがある人が読めば、自分がパワハラにあっているような気がするかもしれません。

 

ツガワには愚痴を言ったりできる同僚はいませんが、同じビル内の会社のナガトという女性と時々ランチをし、お互いに社内のことを言い合ったりしています。描写としてはツガワの話より、ナガトの上司の話が多く、ナガトはその上司がやたら自分をおだてて仕事を押し付けてくるなどと話します。

 

また、会社近くで通り魔が出没するらしく、実際にツガワの会社の男性上司が被害はなかったものの遭遇しています。

 

もうひとつ、ツガワの向かいにトガノタワーというビルがあり、ツガワは休憩中にそのビルをよく見たりしていたのですが、ある時、女性が男性から暴力を受ける現場を見てしまい、悩んだ末にその会社に電話をしてそのことを話します。

 

というように『ポトスライムの舟』とはうって変わって、かなりいろんなドラマが書き込まれています。ですので、こちらのほうが読み進みやすいということになります。

 

結末です。

ツガワはしばらく前から辞表を書いて持っていますが、出せずにいます。

ある時、ツガワは、例のトガノタワーの件で電話した結果を知りたくなり、アポ無しでその会社を訪ねます。受付で不審がられますが、それでも事情を説明するとその暴力を受けた側の女性が出てきます。

女性と思ったその人は男性でした。ただ、この点はさらりと書かれていますのであまり重要視されていないようで、とにかくその人によれば、ツガワが電話したことによって社内でも知れ渡り、暴力を振るった人が居づらくなり辞めていったとのことです。

その人は最後に、いつかお昼でも一緒しませんか? と誘います。

ツガワは少し考え、「ちょっと行けないかも知れないです、今の会社やめるから」と答えます。

そして、上司に辞表を出します(押し付けます)。

 

さらに、その日の帰り道、ツガワは通り魔に出くわし、それがナガトさんであることを知ります。

 

という、ちょっと盛り込み過ぎのきらいもありますが、この作家の持つ不穏さが表に出た作品だと思います。

 

もうひとつ怖いこと。

ツガワは辞表を出す前に、会社の皆が育てているヨーグルトの菌に熱を加えて死滅させてしまいます。

 

こういう爆発の仕方をする、あるいはそれを秘めた物語を書く作家のようです。

 

ディス・イズ・ザ・デイ

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