宇佐見りん著『推し、燃ゆ』感想・レビュー・書評・ネタバレ

言わずと知れた2020年下半期の芥川賞受賞作です。

初回、文藝春秋で読み始めるも挫折、たまたま図書館に予約してあった『かか』を無理かなと思いつつも読み始めたところその才能にびっくり! 再度この『推し、燃ゆ」に挑戦したところ、読み進んでみれば、20年ほど前の同じく芥川賞受賞作『蛇にピアス』金原ひとみさん以来のインパクトでした。

 

推し、燃ゆ

推し、燃ゆ

 

 

 

特徴的でユニークな文体

宇佐見りんさん、1999年生まれの21歳、大学生です。デビュー作の『かか』での文藝賞、三島由紀夫賞受賞に続き、この『推し、燃ゆ』で芥川賞受賞です。

 

すでにかなり有名になっている書き出し「押しが燃えた。ファンを殴ったらしい。」でわかるように、文体は簡潔で短いセンテンスを畳み掛けるように重ねていきます。

 

そうした特徴的な文体を読み進むうちにそのリズムに取り込まれます。文体だけではなく、時としてたとえば「居竦まる(いすくまる)」といったあまり一般的には使わないと思われる言葉が使われたりします。

他にも、水に濡れた水着を見て「ぬるついて」いると表現したり、自分の気持の表現に「寝起きするだけでシーツに皺が寄るように、生きているだけで皺寄せがくる」と韻を踏んだような、語呂合わせのような、ユニークな比喩を使ったりします。

 

時々差し込まれるそうした異質な表現がリズミカルな文体からくる没入に誘う気持ちを一瞬押しとどまらせ何とも居心地の悪い立ち位置に読み手をとどまらせます。

 

そうした小賢しさが逆に魅力に感じられるのは才能ゆえでしょう。

 

ネタバレあらすじ

まず前半は、その特徴的な文体で、「あかり」がアイドルグループ「まざま座」の上野真幸くんを推しているわけが語られていきます。上野真幸くんはファンを殴ったがためにネットで炎上してしまっています。

 

以前同じく「まざま座」の誰かを推していた(と思われる)友人からSNS(何かは不明)が入り、あかりは「推しは命にかかわるからね」と語っています。その友人は、今は「触れ合えない地上より触れ合える地下アイドル」に移っています。

 

この「触れ合える」「触れ合えない」という言葉は最後に大きな意味を持ってきます。

 

また、あかりは保健室常連の高校生で、ふたつほど診断名をもらったといい、そのことについて「肉体の重さについた名前はあたしを一度は楽にしたけど、さらにそこにもたれ、ぶら下がるようになった自分を感じてもいた。推しを推すときだけあたしは重さから逃れられる。」と表現しています。

 

あかりが上野真幸くんを推すようになったのは高校1年のときで、学校へ行けなくなっていた(ような)ある日、たまたま手にした「ピーターパン」のDVDを見、その中のピーターパン=上野真幸くんが言う「大人になんかなりたくない」の言葉を「あたしはそれを自分の一番深い場所で聞いた。」からです。あかりは「重さを背負って大人になることを、つらいと思ってもいいのだと、誰かに強く言われている気がする。」と感じたわけです。そのDVDは、あかりが4歳の時に実際に見た舞台のDVDで、その時、上野真幸くんは12歳です。

 

ここの2ページにわたるあかりの心情の描写は、4歳の時の目を輝かせて舞台を見つめていた気持ちと、今まさに心沸き立つような、ぱっと目が見開いたような感動が、体からほとばしるような文体で書き綴られています。

 

それを機に上野真幸くんはあかりの推しとなるわけですが、その立ち位置は、「あたしのスタンスは作品も人もまるごと解釈し続けることだった。」ということになります。解釈することは、上野真幸くんのことなら心のうちまでわかるようになるということで、そうしたことをブログに書くことで推し仲間のうちでもあるポジションを得ています。

 

あかりは両親と姉の4人家族です。父親は海外へ単身赴任しています。母親の同行を反対したのは祖母(母の母)で、現在祖母は入院しています。母にはそうしたことへの不満や日々の精神的肉体的疲れがあるようです。姉は母に異様に気を使う人物とあかりは見ています。

 

中盤は、推しとしてのオタク活動や押し同士のSNSでのやり取りが語られます。CDに投票券がついており、その投票数でステージでの立ち位置が決まるという(私は)AKBの総選挙とかいうイベントで知ったあれも語られます。あかりはCDを15枚買っています。

 

そうした出費のために定食屋でアルバイトをしています。ただ、あかりはそうした仕事に向いていないのか手際がよくありません。「まじめという言葉には縁がない。なまけものと言われる方がしっくりくる。」と書いています。

 

あかりは幼い頃から家族の中でのある種の劣等感を感じていたようです。たとえば、母親が姉妹に九九を言わせて、出来たら何々というような一見些細なことですが、母が出来ないあかりにあかりはもういいよということに姉が怒ったり、ある夜、母が姉に「ごめんね、あかりのこと。負担かけて」ということに対し姉が「仕方ないよ、あかりはなんにも、出来ないんだから」と応えているのを聞いてしまったりといった感じです。そのころに例のDVDで上野真幸くんに再会したということです。

 

推し炎上後の投票結果発表の日です。ここもうまいですね。結果を見るために家に帰りテレビ向かっていると母親が仕事から戻り、冷房つけているのに窓を開けっ放しにして!とか、洗濯するので着替えなさい!とか言われてテレビのリモコンを奪われてしまい、言われたことをあれこれやって、やっとリモコンを返してもらったらすでに発表は終わっており、推しは最下位だったと知ります。「頭のなかが黒く、赤く、わけのわからない怒りのような色に染まった。」と書きます。

 

あかりの心情が綴られていきます。ひとつひとつの言葉は平易な日常語ですが、使い方が独特ですので要約は難しいです。外部からみれば自分の中に閉じこもってしまったような状態になります。学校へも休みがちになります。

 

そして、高校2年で留年になります。中退を選択します。家族関係が崩壊していきます。入院していた祖母が亡くなります。母の実家です。地下アイドルに走った友人から電話が入り、アイドルと付き合うことになったと言ってきます。

 

実家が海のそばなんでしょう。

「夜の海の匂いがただよっていた。あの苔むした石の塀の向こうには海がある。油のような質感の海がものものしく鳴るのを想像する。意識の底から揺るがすような不穏な何かが、襲ってくるのを感じる。」

 

父親が一時帰国しています。あかりについての家族会議の様相になります。父親が「就職活動している?」と聞きますが、母親が「やっていないの、まったく。私は何度も言った。そのたびに誤魔化すの。」と興奮して口をはさみます。父親が「ずっと養っているわけにはいかないんだよね、おれらも。」と言います。

 

結局、母の実家である祖母の暮らしていたその家にひとりで住むことになります。アルバイトは無断欠勤が続いており解雇されています。ひとまず生活費はもらうことになります。

 

週刊誌に「まざま座・上野真幸 謎の20代美女と同棲? ファン離れ加速」の記事が出ます。「ファン激怒、って書かれてるけど、あたしは別に怒ってないのになあと思う。」と語ります。

 

一人暮らしの生活描写を少し引用しますと、

「そろそろ、推しがインスタライブをすると言っていた時間帯だった。まとめて買ってきたチキンラーメンの袋をやぶり器に出すと、ちぎれた麺のかけらが乾いた音を立ててちらばる。だいたい推しは放送のときご飯を食べているし、推しと一緒なら食欲も多少は湧くから、用意して待つ。推しがおすすめした映画を借りて、推しが面白いと言った芸人さんの動画をユーチューブで見る。深夜帯の放送で、おやすみ、と言われたら寝る。」

 

あかりは完全に引きこもり状態になっています。祖母の家に移ってから4ヶ月経っています。あのインスタライブの後「まざま座」は解散記者会見をし、推しは引退を宣言しています。

 

解散コンサートです。理解できない者には陳腐にもみえますが、あかりは推しと自分が一体化するような、推しが自分を包み込むような感覚を感じつつも、「今までに感じたことのない黒々とした寒さがあたしの内側から全身に鳴り響く」感覚に陥ります。

 

そして、「やめてくれ、あたしから背骨を、奪わないでくれ」と心の中で叫びます。

 

ラストシーンです。作家自身があかりではないかと思えもするように言葉がほとばしっています。5ページ、一気に書ききっている感じです。

 

「闇は生あたたかくて、腐ったにおいがした」

「夜明けは光で視認するのではなく、夜に浸していたはずの体が奇妙に浮くような感覚で認識する」

 

引きこもっている感覚はこういう感じなんでしょうか。

 

そして、あかりは鞄ひとつを持って外に出ます。電車に乗ります。幾度か乗り換えてその駅につきます。バスに乗ります。住宅街に降り立ちます。川沿いの目的地につきます。川向うにマンションがあります。右上の部屋からショートボブの女が出てきて洗濯物を干そうとします。目が合いそうになり、逸して歩き始め、徐々に走ります。

 

そこが推しの住まいであるか、その女が誰であってもよかったと言います。しかし、 

「あたしを明確に傷つけたのは、彼女が抱えていた洗濯物だった。あたしの部屋にある大量のファイルや、写真や、CDや、必死になって集めてきた大量のものよりも、たった一枚のシャツが、一足の靴下が一人の人間の現在を感じさせる。」

 

実はあかりも「触れ合えない」ことに空虚さを感じていたということでしょう。

 

「引退した推しの現在をこれからも近くで見続ける人がいるという現実があった。」

 

正直、このラストで、え?! そういうことなの?! と思いました。

 

家に戻り、散らばった綿棒を骨にたとえて、這いつくばった姿勢でそれを拾います。

 

「二足歩行は向いていなかったみたいだし、当分はこれで生きようと思った。体は重かった。綿棒を拾った。」

 

大人になんかなりたくない 

結局、あかりは外部と折り合えない自分を自己の中に閉じ込め、唯一「触れ合えない」がゆえに自己同一化できるアイドルを通して外部と交流することを選んだが、アイドルがアイドルでなくなってしまえばそのすべを失い、「触れ合える」ことに圧倒的な敗北を喫し、いまだ「触れ合う」世界へ行くことをためらっている、ということかと思います。

 

そのためらいが「大人になんかなりたくない」「重さを背負うことをつらい」ということであれば、いったいどうしたらいいのでしょう。

 

なんとも絶望的ですね。

 

推し、燃ゆ

推し、燃ゆ

 
かか

かか