品田悦一著『万葉集の発明』

令和騒ぎもやっと落ち着いてきました。

このIT時代に元号など面倒なだけとは思いますし、実際、excelでは自作のプログラムが動かなくなっています。まあ、深く考えずに元号を使っていたわけですから自業自得ではありますが、これからはすべて西暦を使おうと思います。

 

万葉集の発明 新装版

万葉集の発明 新装版

 

 

その令和ですが、時代の空気なのか、安倍政権の復古主義的プロパガンダなのか、初めて日本の古典からとられたことがクローズアップされています。

 

万葉集です。

 

で、この本は、その万葉集が一躍「国民歌集」的な地位に祭り上げられたのは明治以降の国家的なプロジェクトによるものだということを論証しようとしています。

 

万葉国民歌集観の成立時期は一八九〇(明治二三)年前後の十数年間に求められる。『万葉集』はこの時、古代の国民の声をくまなく組み上げた歌集として見出され、国民の古典の最高峰に押し上げられた。以来、百年余り、当初「国体」と呼ばれた天皇制や、単行書だけでも五百冊以上が書かれたという日本人論などとも密接に関わりながら、日本人のナショナル・アイデンティティーを支えるきわめて有効な文化装置として機能してきた。(15p)

 

現在多くの「日本の伝統」などと言われているものが、実は、明治以降に「発明」されたものだということと同じです。

 

もちろん万葉集は当然ながらそれ以前から存在しており古典として知られていたわけですが、「天皇から庶民まで」の作者層や「素朴・雄渾・真率」な歌風が強調されすぎる場合には気をつけろということでしょう。

 

著者はそうした万葉集の持つ一面を多くのテキストを検証しながらあぶり出そうと試みます。

 

「天皇から庶民まで」のフレーズが初めて万葉集に適用されたのは、著者の調査では、1890年の三上参次・高津鍬太郎『日本文学史』だそうで、これが次第に万葉集を語る常套句になっていくといいます。

 

この時代、文化人たちに「国詩」への願望が共有されつつあり、その「国詩は自然かつ真摯なものでなければならない」との概念が先にあり、そこからそれに見合うものとして万葉集に特別な光があたったということのようです。

もちろんそれは文学上だけの要求ではなく、西洋に追いつけ追い越せの国家的目標、つまり、固有の文学を持たない国は文明国ではないという思いがあったということでしょう。

 

正岡子規が「古今集はくだらぬ集」として万葉集を評価し始めたのが1898年、この頃までに「天皇から庶民まで」の「素朴で雄渾で真率」な万葉集という発明は知識人の間では完了していたと考えられます。

明治の知識人たちが、ドイツの国民詩人とされたゲーテやシラー、またイギリスのシェークスピアに対し、どれほど深刻な憧憬と羨望を抱いていたかを思うべきだろう。(77p)

 

といった第一章「天皇から庶民まで」の万葉集評価があって、現在再注目されている本なんですが、著者は日本文学の研究者ですから、明治百年の万葉集だけではなく、誕生以来千年の「近代以前に存在した和歌観・万葉観」についても検証しており、そちらのほうが分量は多いです。

それが第二章「千年と百年」です。

 

そしてもうひとつ、明治後期から大正期を通じて万葉集が大衆化していくわけですが、その過程でもうひとつの側面、「貴族の歌々と民衆の歌々が同一の民族的文化基盤に根ざしている」が全面に押し出され始めたといいます。

どういうことかと言いますと、「天皇から庶民まで」というのは、宮廷の雅が庶民にまで広がったという意味ですのでそこには階級的な価値観が前提にあります。しかし、「同一の民族的文化基盤」という価値観は、宮廷の雅そのものが民族的、民衆的な文化に立脚しているものであるという意味に転換されています。

 

わかりやすい例を上げますと、渡部昇一氏が『万葉集のこころ 日本のこころ』という本を出しているらしく、その紹介文を見てみましたらこんなことが書かれています。

 

日本人は「和歌の前に貧富貴賤女卑なし」
欧米人や近代人は個人生活においては「神の前で平等」「法の前の平等」を追求するだろう。しかし、日本人ははるか昔から「和歌の前に平等」を実現していたのだ。『万葉集』は、大伴家持が重要な役割を果たしているが、カースト的偏見はなく、農民、遊女の歌まで収録されている……。(本文より)(Amazon)

 

「日本人ははるか昔から和歌の前に平等」って?

 

この本、月刊雑誌『WiLL』を出している「ワック」という出版社(と言っていかどうか?)が発行しているものですので、読むにしても気をつけて読まないといけない類の本ですのでご注意ください(笑)。

 

話がそれましたが、この第三章「民族の源郷」は大正期のアララギ派の隆盛を中心に語られ、全体の半分ほどのページ数が割かれています。専門的で結構難しいです。

 

基本、この本は専門書ですし発行も2001年ですので、もちろん令和には関係ありませんし、政治的でもありません。

 

ですのでこの本では直接語られていませんが、こうした民族史観が万葉集解釈に反映されることによって、軍国主義下で利用され、大伴家持の「海行かば水漬く屍山行かば草生す屍大君の辺にこそ死なめ顧みはせじ」に曲をつけた軍歌がつくられたり、国策として「愛国百人一首」なるものが生み出されたりしています。

 

digital.asahi.com

 

こうした万葉集の過去を知った上で今回の令和騒ぎを見直してみますと、安倍政権の復古主義的な指向が反映されているとみて間違いないです。 

 

安倍首相は元号をまるで自分のものであるかのようにあらゆる機会に顔を出し、

「万葉集」は、1200年余り前に編さんされた日本最古の歌集であるとともに、天皇や皇族、貴族だけでなく、防人(さきもり)や農民まで、幅広い階層の人々が詠んだ歌が収められ、我が国の豊かな国民文化と長い伝統を象徴する国書であります。(安倍内閣総理大臣記者会見

と述べています。

 

万葉集 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)

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