中路啓太著 『ゴー・ホーム・クイックリー GHQ』 未だなし得ていない大いなる命題

ゴー・ホーム・クイックリー

ゴー・ホーム・クイックリー

 

 

「ゴー・ホーム・クイックリー」これは未だ日本がなし得ていない大いなる命題。 

 

1945年8月15日敗戦、その後、日本はGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)による占領下に入りますが、その年の秋にはすでに憲法改正を指示されています。そして、翌1946年11月3日に新憲法が公布されるわけですが、それまでの約1年間の憲法改正に関わる政府、議会内部の動きを、公開されている公文書や関係者の残した文章などをもとにして小説化された作品です。

 

(多分)すべて実在の人物が登場します。主人公として物語の軸となっているのは法制官僚佐藤達夫です。この小説内では法制局部長や次長ですが、後には法制局長官になった官僚です。

ウィキペディアを見てみますとかなり著作も多く、この本の中でも記述があるように植物への関心が高く、花の画集や絵本といったものを出版しているようです。

 

ところで、法制局長官といいますと、いわゆる「憲法の番人」と言われる職責なんですが、現在はあの横畠裕介、例の、国会議員の質問、つまりは国会の役割は内閣の監視機能を果たすものであることを確認しようとしたところ、「このような場で声をあらげて発言するようなことまで含むとは考えていない〔発言ママ〕」(ウィキペディア)と、安倍政権に対する野党の追求姿勢を皮肉る(茶化す)発言をした人物です。

 

ちょっと話がそれましたが、そうした職責にある人物を軸にして、憲法改正の経緯を描いた小説です。

 

松本試案、毎日新聞のスクープ、マッカーサー三原則、芦田修正などといった相当人口に膾炙した事実についてはある程度理解していますが、実際にどういうやり取りがあったかなどということは当人たちにしかわからないことなんですが、そうしたやり取りを史実をもとに創作しているということです。

 

タイトルとなっている「ゴー・ホーム・クイックリー」は、実際に吉田茂の発言だったらしく、

憲法改正を急ぐ吉田に疑問を呈する議員たちに対して「日本としては、なるべく早く主権を回復して、占領軍に引き上げてもらいたい。彼らのことをGHQ (General Head Quarters) というが、実は “Go Home Quickly” の略語だというものもあるくらいだ」と皮肉をこめた答えを返した。(ウィキペディア

ということだそうです。

 

それにしても、読むからにかなりの力作だとは思います。ただ、こうしたノンフィクション小説って、力作であればあるほど、歴史的事実をあるイメージのもとに固定化してしまうんじゃないかと心配になります。議事録を読むのと小説化された人物が発する言葉とは意味が異なってくるという意味なんですけど、まあ、それを言い出したら、歴史小説や歴史映画というものが成立しなくなってしまいますね。

 

いろいろなものを読み見て中和するしかないということでしょうか。 

 

で、読み進みましたら意外にも、小説とはいってもかなり論文口調の記述が多く、率直なところ、これならば何も会話文を入れなくてもいいんじゃないのと思います。会話文にすることで新しい何かが生まれてくる感じはありません。しいて言えば、まったく知らなかった佐藤達夫という人物のことが多少イメージできるくらいで、それさえ、せいぜい真面目な官僚ではあっても歴史上記憶されるべき人物というようには描かれていません。

 

ただ、これ一冊読めば日本国憲法制定の経緯はおおよそわかります。

 

自分の記憶のためにも、出版元からリード文を引用しておきます。

ノンフィクション作家 保阪正康氏が絶賛!
昭和史の“静かな怪物”が、もう一人いた。
「この小説は、まさに“戦後史の岐路”を描いた一冊。現憲法は誰によって、どう作られたのか。占領する側、される側の闘いを再現させたドラマだ」

終戦直後の昭和二十一年の初め、連合国最高司令官総司令部(GHQ)の方針に従い、国会内の委員会で政府試案をまとめたが、GHQは拒否。そればかりか、GHQ憲法草案を押し付けてきた。この案を翻訳し、日本の法律らしく形を整え、新憲法の下敷きにせよ、というのだ。
わずか二週間で翻訳にあたることになったのは、内閣法制局の佐藤達夫。吉田茂外相(当時)と話す機会を得た佐藤は、GHQ案の問題点をまくしたてる。それを聞いた吉田は、佐藤に言った。
「GHQは何の略だか知っているかね? ゴー・ホーム・クイックリーだ。『さっさと帰れ』だよ。総司令部が満足する憲法を早々に作っちまおうじゃないか。国の体制を整えるのは、独立を回復してからだ」

かつて司馬遼太郎は、『坂の上の雲』で、明治という時代の明暗と、近代国家誕生にかけた人々の姿を小説にした。
そして今、昭和史の分岐点を描いた小説が誕生した。

文藝春秋BOOKS

 

前半は、1946年2月26日、法制官僚の佐藤が2週間でマッカーサー草案を日本語の政府案にしろと命じられるも、数日後にはとりあえず日本語でいいなどと言われ、そのままGHQで徹夜作業を続け、3月5日に曲がりなりにも政府案といえるものに仕上げるまでが描かれます。

 

この時点では文語体の文章です。

天皇ハ日本国民至高ノ総意二基キ日本国ノ象徴及日本国民統合ノ標章タルベシ

 

それにしても、案とはいえ、この作成過程は異常な事態ではあります。「押しつけ憲法」と言われる所以はこういう経緯からなんですが、この本では、それを受け入れた大きな理由に吉田茂の言葉と言われる「ゴー・ホーム・クイックリー」、つまり、

「総司令部側が満足する憲法を早急に作っちまおうじゃないか。彼らにはさっさとアメリカに帰ってもらおう。じっくりと時間をかけて良き国の体制を整えるのは、独立を回復してからだ」
言い残して、吉田は放送室を出ていった。

という考えを取り上げています。

 

これ、なるほどと思ってはいけません。その後、吉田茂もそうですが、誰も「じっくりと時間をかけて良き国の体制を整え」ようとした政治家はいないのですから。実際、日本が主権を回復したのは、それから6年後の1951年9月8日、サンフランシスコ講和条約が結ばれた時ですし、それさえ単独講和で、なおかつ同時にアメリカの恒常的な占領状態ともいえる日米安保条約を半ば秘密裏に締結しているのです。吉田茂自身がです。

 

要は「ゴー・ホーム・クイックリー」は未だなし得ていない命題ということです。

 

改憲を声高に叫ぶ勢力の押し付け憲法論、法理論的にどうかということはどうやら切りがなさそうですので置いておいて、単純に成立過程をみれば押し付けられたことは間違いないでしょう。

ただ、敗戦時、日本政府内に、太平洋戦争をその責任も含めて総括し、なおかつそれを憲法の問題にまで進めて考えようという意識があったとは思えないということです。

日本政府内の最重要課題は「国体護持」であり、戦争責任への真摯な対応や民主化など端から頭になかったということです。 

 

それにしても、現首相の安倍晋三、憲法改正についてよくこの「押しつけ憲法論」を持ち出すのですが、そう叫びながら、さらにアメリカ依存を進めようとするのはなぜなんでしょうね。まったく思考回路がわかりません。思考していないんだろうと嘲笑しても仕方ないんですがそうとしか思えません。

 

後半は、政府案をもとにした国会審議の過程が描かれます。

この後半も小説としてのメリハリにかけており、かなり会話文が多くなっていますが、逆に論点が見えにくくなっています。やはり、こうした内容のものはきっちり論文として読むべきもので、小説には向いていないように思います。

 

1946年10月7日、衆議院本会議で帝国憲法改正案可決、その後、

帝国議会における審議を通過して、10月12日、政府は「修正帝国憲法改正案」を枢密院に諮詢。10月29日、枢密院の本会議は、天皇臨席の下で、「修正帝国憲法改正案」を全会一致で可決した。同日、天皇は、憲法改正を裁可した。11月3日、日本国憲法が公布された。(ウィキペディア)

ということになります。施行は翌年1947年5月3日、現在の憲法記念日です。

 

これを機にもう少し突っ込んだ憲法関係の本を読んでみようと思います。

 

永続敗戦論 戦後日本の核心 (講談社+α文庫)

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憲法と平和を問いなおす (ちくま新書)

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