あいちトリエンナーレ2019 政治にかかわらないアートはアートではない

お盆休みの8月13日、「あいちトリエンナーレ2019(あいトリ)」の愛知芸術文化センター会場へ行ってきました。画像はあいトリのメインビジュアルにも使われているウーゴ・ロンディノーネさんの「孤独のボキャブラリー」です。この作品も、例の「表現の不自由展・その後」の展示中止に伴い(抗議でしょう)展示中止の申し出があるとのことです。

すでに公開が中止されているパク・チャンキョン氏とイム・ミヌク氏お二人の作品に続き、さらに10作品の展示辞退が相次いでいるということです。

もしこの10作品の展示中止ということになれば、芸術祭の開催自体が危ぶまれます。これだけの数の作家たちからの抗議を受けて開催する意味があるかということになるでしょう。

ちょうど今日16日、芸術監督の津田大介氏が「あいちトリエンナーレ2019「表現の不自由展・その後」に関するお詫びと報告」を発表し、愛知県が有識者による検証委員会の第一回会合を開いています。

「不自由展」検証委、9月に結果発表 公開討論も開催へ [表現の不自由展・その後]:朝日新聞デジタル

9月に発表!?

再開するつもりはさらさらないということのようです。脅迫を口実に中止した(個人の意見です)のが8月3日、もう2週間です。2週間もあれば、警察の協力得て警備体制を整え、抗議電話への対応を整えられるでしょう。やる気がないということです。

開催前の予測が甘かったということならこの2週間で整えればいいことです。中止の理由を抗議があったからではなく脅迫があったからということにしているのは、そもそも主催である愛知県やその(表向きの)責任者である津田大介氏自身が政治的理由で、つまり抗議があったから中止したとは言えないからの言い逃れでしょうから、その発表自体がそもそもその場しのぎの対応だったということになります。

もちろん抗議電話の凄まじさは想像できます。事務局の電話対応はおそらくボランティアさんでしょう。津田氏の「お詫びと報告」によればボランティアさんには事前に何の情報提供もされていなかったようです。電話を受けたボランティアさんがかわいそうです。

事務局への電話が通じないために愛知県庁や知事室へも電凸があり、報道によれば職員の名前を聞き出しネットに晒したということです。これはもう電話テロです。

これまでもこうした行政が行うイベントや事業が抗議電話により中止になったことはありますが、今回のこのあいトリのケースは次元がもう一段上がったように感じます。

おそらく今後はこうした政治的に評価されてしまうものは行政主体の事業ではできなく(やらなく)なるでしょう。

その意味では、このあいちトリエンナーレ2019は、「表現の不自由展・その後」を中止にしてしまったことにおいて、歴史に残る汚点として記録されると思います。

今からでも遅くありません。検証委員会なんてものに逃げていないで、即刻再開すべきです。

津田さん、もちろんあなたに再開の決定権がないことはわかりますが、ここで踏ん張らなくて何が芸術監督ですか。最終決定権が誰にあるのか、知事なのか、事務局責任者なのかわかりませんが、再開を説得できなくて何が芸術監督ですか。

(おまけ)政治にかかわらないアートはアートじゃありません!