津村記久子著 『君は永遠にそいつらより若い』

初めて津村記久子さんの本を読みました。 

君は永遠にそいつらより若い (ちくま文庫)

君は永遠にそいつらより若い (ちくま文庫)

 

 

面白いという言葉がピッタリくるような作品ではないのですが、面白いです。

 

この小説が発表されたのは2005年、今から14年前ですので、筆者27歳くらいです。処女作ですので、著者のそれまでの人生が詰まっている(ちょっとオーバー)ような作品ではないかと思います。

 

実際、この作品の主人公「ホリガイさん」は22歳の大学生です。そのホリガイさんから見た友人たちの行状、そしてそれに対しホリガイさんが何を思い、どうしたかが、あまり脈略がはっきりしない文体で続きます。

読み始めはかなり戸惑いました。話が飛ぶのです。ある人物のことを書いていたかと思いますと、その関連で登場した人物にふっと飛んでしまいます。人物の名前の表記も最初は漢字で登場した人物が次にはカタカナになったりします。

 

そのとっ散らかりさが、実によくホリガイさんを表している感じがするということです。

 

で、割とダラダラと話は進むのですが、ところどころに、ん? と引っかかるような不穏な感じを持ったエピソードが入ってくるのです。

 

最初は「穂峰君」、飲み会で一度しかあったことがなく、半年後にバイク事故(実は違う)で亡くなったと人づてに聞きます。そのホミネくんは、飲み会の日、ホリガイさんに、自分のアパートの階下の子どもがネグレクトされているようだと思い、自分の部屋に匿っていたら誘拐の疑いで警察に事情聴取されたと話したといいます。

 

河北とアスミちゃんのカップル、河北はカバキとあだ名され、友人の彼女にも手を出しているという噂のナンパ男ですが、わざわざホリガイさんを呼び出して、なにがあろうとあいつ(アスミちゃん)とおれは離れんといいます。アスミちゃんは不登校だったらしくリスカ痕があるといいます。

 

そしてイノギさん。書き出しがこのイノギさんのことから始まりますので、最初は話の軸だなと思っていても、とにかく話があっちこっちへ飛びますのでしばらくは頭の隅の方へいってしまうのですが、中程から復活していきます。

このイノギさん、ホリガイさんには最初に見かけたときから気になっていた人で、その後アスミちゃん絡みで話すようになり、頭に大きな傷があって髪の毛が生えてこないことや自分の過去のことで両親が離婚していることなどをホリガイさんに話すようになります。

 

ホリガイさん自身にもやや思わせぶりなエピソードが明かされます。ホリガイさんは社会福祉士として地元の公務員試験に合格し、あとは卒業を待つばかりの大学四年生です。社会福祉士を目指すことになったわけは、18歳の時に、テレビの未解決事件特集番組で10年前の4才児行方不明事件を見て、その際に児童買春とその子が結びついてしまったからです。ホリガイさん自身は、こんな志望動機誰にも話せないと言いつつイノギさんには明かします。

 

ホリガイさんは処女で、「しかし処女という言葉にはもはや罵倒としての機能しかないような気もするので、よろしければ童貞の女ということにしておいてほしい」と書いています。

イノギさんと初めての性体験をします。ほとんど記述はありませんが、イノギさんから「女でよかったん」と言われます。ホリガイさんは「比べようがないから」と答えています。

 

ということが、全体としてはだらだらという言葉も浮かんでくるような流れの中に散りばめられており、ラスト近くになり、全体の語り口とはかなり異質な苛辣なことが次々と吹き出してきます。

 

まず、カバキとアスミちゃん、ホリガイさんがかなりややこしい時にカバキから電話があります。ややこしい時というのも重要なことなんですが、後回しにして、カバキの電話は、オレたちの愛は本物だというようなことを興奮状態で話しています。以前、呼び出されて飲んだ時に、ホリガイさんが二人のことをやや否定的に話したことへのカバキの意思表示です。ホリガイさんは、アスミちゃんがリストカットしたと理解し、救急車を呼びます。

この件、実際にどうであったかは何も語られず、後に、ホリガイさんは二人の結婚式に呼ばれます。おそらく、二人がどうこうよりも、二人の愛の形に対するホリガイさんのちょっと引いた距離感を書きたかったんだろうと思います。

 

実は、その時のややこしいことのほうが重要で、その日、ホリガイさんはバイト先の送別会に出ており、後輩のヤスオカが意識的に酔いつぶれてホリガイさんのアパートに泊まろうとしており、ホリガイさんはそれを承知で連れて戻ったところが、そこにイノギさんがやってきて、まずかった?と言われる状況だったのです。

ただ、ホリガイさんは慌てたりするわけではなく、そうした状況もすべてイノギさんと共有できるような関係に持っていくのです。ホリガイさんはそういう懐の深さにもみえる、物事を俯瞰して見るようなところ、言い方を変えれば、冷めたところを持つ人物です。先に書いたイノギさんとの性的関係はその後のことです。

 

このホリガイさんの人物像は、いうなれば、バブル崩壊後の失われた時代に青春時代をおくっている世代に多い人物ではないかと思います。

 

ある友人が、ホミネくんの死は自殺だった、ホミネくんのアパートに残された私物の処分に付き合ってくれとホリガイさんを誘います。ホリガイさんは階下の部屋に行ってみようと提案し、友人の消極的な態度にも構わず、何度もノックします。応答がありません。部屋に戻ったホリガイさんは窓から出てベランダを乗り越えて階下に下ります。

これ、読んでいて、緊迫感が伝わってくるわけではありません。えー? えー? という感じでことが進んでしまうのです。

ホリガイさんは自分の携帯で窓ガラスを割って中には入ります。子どもを抱きかかえ、上のお兄ちゃんが心配していたよ(だったかな?)と声をかけます。

 

ホリガイさんはその後始末を友人にまかせ、と言いますか、放ったらかしでそのまま故郷に帰ってしまいます。子どもは保護されたと友人から知らされます。

 

ちょうど階下の部屋に侵入したその時、イノギさんから会う時間はないかとメールが入っています。それに何も返すことなく故郷に戻ってしまったホリガイさん、何ヶ月後(何年後?)、イノギさんを訪ねる決心をします。その過程でイノギさんのことが語られます。

 

イノギさんは三年で大学を中退し、親戚がやっている旅館だったかペンションだったかの手伝いをしています。その決断を相談、じゃなく、ただ話したかっただけかも知れませんが、ややこしい時のメールはそのメールだったということです。

イノギさんの頭の怪我、そして両親の離婚のわけが語られます。

中学生の時、イノギさんは、自転車を引いて歩いている時に銀色の車に後ろから追突され、介抱と称して車の中の引きずり込まれ、必死で逃げようと外に出たのですが、そこで乱暴され、必死で抵抗したことから、死をすぐそこに感じるほどの暴行を受け、三日三晩その場で動くことができず放置された状態にあったということです。

頭の傷はその時のものであり、両親の離婚は何も語られませんがそのことから夫婦の間に何かが起きたのでしょう。

 

ラストは、ホリガイさんが会いに行く前に送ったメールに対して、イノギさんから、楽しみにしてるとの返信があって終わります。

 

ホリガイさんが社会福祉士を目指すきっかけとなった4歳児の(多分)誘拐事件、ホミネくんの階下のネグレクトにあっている子ども、イノギさんの中学生時代の暴行事件、アルミちゃんのリスカ、そしてホミネくんの自殺、どれもこの失われた30年に顕著になってきた社会の歪ばかりです。

 

そうした人格のみならず存在そのものを棄損する行為の数々が、全体として脱力しただらだら感を持った文体の中でその暴力性を覆い隠して描かれていきます。その収まりの悪さが逆に不穏な何かを感じさせます。

 

ラストのホリガイさんとイノギさんのエピソードがせめてもの救いと言えなくもありません。

 

しかし、あのホリガイさんが、階下の子どものことしか、あるいはホミネくんのことしか目に入らぬ様子でベランダを乗り越え階下へ下りていくさまを現実のものと目の当たりにしたとすれば、それはそれ、そのことにもかなり怖さを感じます。

 

ああ、ホリガイさんにもそういうものが潜んでいるんだなあ、と。

 

ポトスライムの舟 (講談社文庫)

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