マルクス・ガブリエル氏『多数派が少数派に発言の権利を与え…』

なぜ世界は存在しないのか (講談社選書メチエ)

なぜ世界は存在しないのか (講談社選書メチエ)

 

今、哲学書としては異例のベストセラーになっていると評判のマルクス・ガブリエル著『なぜ世界は存在しないのか』を読んでいます。 

 

わざわざそれを伝えようとしたわけではないのですが、たまたま下の立憲民主党のツイートが流れてきましたのでリンク先を読んでみたところ、ちょっとばかり気になる箇所がありましたので。

 

 

リンク先の記事は毎日新聞のインタビューに答えたものですが、まず、ヨーロッパで拡大しつつある右派ポピュリズムについては、

実際にはキリスト教原理主義なのです。原理主義は歴史的事実を否定し、事実に合致しないアイデンティティーをでっち上げます。 

と語っています。

 

これを日本に当てはめれば、後半の歴史修正主義についてはそのまま合致するのですが、前半については、日本の場合、◯◯原理主義などというほどのものではなく、原理のない、ただただ左派嫌い、野党嫌い、安倍信奉のネトウヨが主体ですのでやりきれません。

 

で、件のツイート部分はこういう流れです。

--日本では過労死が問題になっています。なぜ心を病む社会のあり方が変えられないのでしょう。

 セクシュアルハラスメントを問題提起した「MeToo」運動が一つの例ですが、自由で開かれた議論が必要なのです。民主主義は多数派が少数派に数で勝ることではなく、多数派が少数派に発言の権利を与え、(数で抑圧されて)犠牲になる人を減らそうとすることです。過労死の問題も例えば「資本主義とうつ病の関係」というテーマで議論できるでしょう。経済的に見ても、人が心を病むことは社会にとって問題です。働く人が幸せでいられるようにすべきです。

 

これを読んで何に引っかかったかといいますと、「民主主義は(略)多数派が少数派に発言の権利を与え、(数で抑圧されて)犠牲になる人を減らそうとすること」という部分で、ただこの内容に異議があるということではなく、ちょっと甘すぎるんじゃないのということです(ペコリ)。

 

多数派が少数派を尊重するなんてことは、少なくともここ日本では過去にそんなことが実現されたことはないしょう。仮にあったとしても、それはある時、ある集団、ある個人の意識の問題であって、そもそも制度としての民主主義に少数派を尊重することなど組み込まれていないと思います。

 

で、何を言いたいかといいますと、ソ連崩壊以後、民主主義の勝利といった言い方もされますが、そもそも共産主義と民主主義が対立概念ではないことはあたりまえですが、前衛党にお任せみたいな中国と結果として安倍政権にお任せという今の日本とさほど違いはないですねという話です。

 

国会において、質問にまともに答えようとすることなく、ヘラヘラと笑って茶化したり、質問者に野次を飛ばしたりすることが容認され、どんな質問であれ、「それは当たらない」ですませてしまえる制度が民主主義と言われているものだということです。

 

「じゃあ対案を出せ」って?

 

これ、罠なんですよね。少数派に発言の権利を与えていると見せかけて抹殺するために使われる常套句なんですよね。

 

じゃあどうしたらいいの?って、それがわかれば本出してベストセラーですよ。