ガブリエル・ブレア著「射精責任」感想・レビュー・書評・ネタバレ

「射精責任」、インパクトのあるタイトルですし、本編のつくりもセンセーショナルな本です。

センセーションを狙いすぎていないか…

表紙は言わずもがなですが、章タイトルを二色刷りにしたり、そのレイアウトからもアジテーションぽさがにじみ出ています。

原著ではどうなのかなと思い、「Ejaculate Responsibly」でイメージ検索してみましたら同じようなものです。

書かれていることはもっともなことですし、セックス、妊娠、妊娠中絶について違った視点に気付かされるという点では意味のある本だとは思います。

ただ、ここに書かれていることは

望まない妊娠のすべての原因が男性にある

望まない妊娠は男性が無責任に射精した場合にのみ起きる

(はじめに8p,9p)

のただ一点だけです。それなのに妊娠中絶が女性の問題としてのみ語られることはおかしいということです。

この真っ当な意見がこのセンセーショナルさでもってしか注目されないということが一番の問題ではあるのですが、このセンセーションさが裏目に出なければいいとは思います。

啓発本、性教育のために…

この本を10代の頃に読んでいればと思います。アジテーションとは書きましたが、決して間違った方に誘導しようということもありませんし、耳を傾け、目を向けてもらうためにはある程度のインパクトも必要なのかもしれません。

その点では啓発本という側面があり、内容的には性教育本として使えそうな気がします。

彼とパートナー(男性と女性)が妊娠を望んでいないというのに、男性が精子を女性のヴァギナに放出した場合にのみ、(望まない妊娠は)起きる

毎日24時間、来る日も来る日も妊娠させることができる人(男性)が、1ヶ月に24時間だけ妊娠可能な人(女性)に負担を強いているのが現状

(はじめに9p)

現実の性教育がどのように行われているのかわかりませんが、このことを常に意識していれば、少なくとも善良な男性による望まない妊娠は避けられると思います。

覆ったロー対ウェイド判決

この本の著者ガブリエル・ブレアさんは、フランスのノルマンディ地方に住むアメリカ人の方だそうです。モルモン教徒であり、6人の子どもの母親です。ブロガーでありインフルエンサーということです。自分はプロチョイス派だと言っています。

モルモン教はプロテスタントの一宗派なんだろうと思っていましたので意外な感じがしたんですが、どうやらモルモン教というのはキリスト教から派生してはいてもキリスト教とは言えないようです。

著者のその精神的支柱がこの本の主張にどう現れているかまではわかりませんが、モルモン教入信の勧誘のようなところは感じられませんので内容的には素直に受け取っていいように思います。逆に言えば、それほど深い内容はなく、すでに書いてきたように「望まない妊娠の責任は100%男性にある」という、とにかく何の間違いもない主張がなされている本です。

ブレアさんはアメリカ人ですのでアメリカの事情をベースにした上での提言と考えれば、当然2022年6月24日にアメリカ連邦最高裁判所によって覆されたロー対ウェイド判決が念頭にあると考えられます。

ロー対ウェイド判決とは、1973年にアメリカ連邦最高裁判所が妊娠中絶の権利は憲法で保障されている(単純に一義的にとらえていいわけではない…)とした判決で、それがトランプ政権下で判事の構成が保守派多数になり、憲法で保障されていないと覆し、これにより各州法で妊娠中絶を禁止する法律を制定することが可能になったというものです。

結局、ブレアさんは、このプロチョイス対プロライフ(pro-choice, pro-life)の対立が、妊娠中絶は女性の問題であるとの論点に立っていることに対して、いや、それは違うでしょ、そもそも男性が無責任な射精をしなければ望まない妊娠は起こり得ないわけだから、妊娠中絶を男性の問題として考えるべきではないかと言っているわけです。

実にまっとうな意見でそのとおりだと思います。10代からそうした性教育を徹底し、それが実行されれば妊娠中絶はかなり減ると思います。

これは啓発としては大きな意味はありますが、妊娠中絶の問題はやはりそこではないような気がします。問題は望まぬ妊娠をした場合にそれをどうするかの決定権がどこにあるかということであり、それはどう考えても、妊娠による肉体的精神的負担やリスクを負っている女性にあると考えるのが正しいことだと思います。

この本の著者ブレアさんの言う、正しい生き方をすれば問題は起きないよということと、問題が起きたときにそれをどう解決するかということを一意的に語ることはできないということです。